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喜多方の蔵は、喜多方の観光の原点です ・・・ 喜多方の蔵の考察
新仲町の島新商店の蔵・お散歩マップにリンク
  喜多方の蔵について
● なぜ 蔵の町として有名になったの ?
● 喜多方の蔵には、どんなのがあるの ?
● なぜ 喜多方には蔵が多いの ?
三津谷のれんが蔵
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なぜ、蔵の街として 喜多方が有名になったの?
観光地になるまでの喜多方は、古くから地場産業であった味噌・醤油などで使用されていた蔵が、時代の流れの中で地場産業と供にその役割を終え、市街地の中に取り残されました。 
 
市街地では車社会の到来による商業圏の変化に対応を迫られていた商店街からの要望で 市街地にある蔵を取り壊しての駐車場・新しい商店街を形成しようとする商店街再開発計画の必要性が叫ばれていました。

一方農村部においても、農業基盤整備事業に伴う農作業の機械化・効率化の為や 住民の住宅の改築指向などにより、作業蔵・道具蔵の改造・取り壊しが 進められていました。 

そんな昭和40年代後半、どんどん取り壊されていく運命にあった「蔵」に一抹の寂しさを感じ、写真をとおして喜多方の文化遺産を後世に残そうと、蔵を撮り続けていた地元の写真家がいました。   新仲町で写真荘を経営していた金田実氏(故人)で、昭和47年11月に市内で写真展をしたのを皮切りに、昭和48年には会津若松市で、昭和49年には、東京の三菱オートガーデンと写真展を開催しました。 

金田氏の蔵の写真からは、喜多方という田舎町の市民の生活の中に深く息づいた蔵の姿が感じられ その事が見る人一人一人に大きな感動を与える事になりました。

更に、昭和50年7月には、NHK総合テレビ「新日本紀行」で、全国に喜多方の蔵が紹介されたことにより、変に観光地化されていない 素朴さの残る喜多方市にカンバスやカメラをさげた観光客の姿が見られるようになりました。

全国的に有名になった喜多方ラーメンも、蔵を見にきた観光客が、朝食や昼食・夕食に食べたラーメンが お店の人の素朴な人情・飯豊山の伏流水の「お水」と相まって 口コミで紹介されたのが始まりでした。

 その後、喜多方が「ラーメンの街」としてマスコミに取り上げられることにより 一部の観光施設や ラーメン屋さんのみが 街の顔として注目されるようになりましたが ほんとうの蔵の街 喜多方の良さは、観光化された蔵の陰にある「住人の生活の場である蔵の姿」にあります。

また、喜多方ラーメンの原点は 行列のできる有名店の陰に隠れてしまった「本当の意味での昔からの手作りのラーメン屋さん」に、あります。


そんな気持ちで喜多方を観光すれば、観光化される前の 真の蔵の街 喜多方・喜多方の人情・喜多方の手作りの味に 出会えると思います。    


喜多方の蔵には、どんなのがあるの 
喜多方市内には、2600棟(4世帯に1棟の割合)を越える蔵が点在しています。 
 
その種類も、粗壁・白亜・黒漆喰・レンガ造りの蔵など様々です。  また、用途も多岐にわたり、酒蔵・漆器蔵・味噌蔵・店蔵・座敷蔵などに使用されています。 

変わった蔵としては、防火壁を兼ねた塀蔵・かわや蔵(トイレ)などがあり、寺町には、蔵造りのお寺「安勝寺」が あります。 
 
まだ、良く知られていませんが 郊外の農村蔵には、幻の職人 壁金が こてで描いた「こて絵」のある蔵も残っています。 

喜多方プラザ近くの蔵の里には、移築された多くの蔵が ありますので見学に行かれると良いと思います。
 

喜多方の蔵は、観光客の見学用に使用している物以外は 住民の生活に使われているののがほとんどなので、住人の迷惑にならないように鑑賞してください。  見学の際は、家の人の了解をえるのがエチケットです。

なぜ、喜多方には蔵が多いの ?
 昔から、喜多方には良質な地下水・米・麦・大豆の産出に恵まれ 酒・味噌・醤油・油などの醸造業が栄えその保存に蔵が必要でした。  また、漆器業や蚕を飼う製絹業など地場産業に利用されました。
 
加えて、喜多方の町では 明治13年、170戸 約300棟を焼失する大火のあり、その際 多くの土蔵が残り土蔵の耐久性が実証されました。

明治の中頃には、喜多方にレンガ工場ができた為 レンガ積みの技術導入に熱心な人たちが全国でも珍しい煉瓦蔵を作りました。  尚、レンガの歴史等に興味のある方は、寺町の田中レンガ記念館を 訪れると良いと思います。

また喜多方地方には、棟梁・建具・左官・塗工の分野に創意工夫に富んだ名工がおり、斬新卓越な職人がいました。  それに加え、大地震・大水・台風などの天災が比較的少なく、また戦争の災禍もまぬがれた為、市内や農村に今でも蔵がたくさん残っています。

この地では昔から「男40にして蔵の一つも建てられないようでは男でない」とも言われ、蔵を建てることが生涯の夢とされました。

そのような土壌があった処へ 明治時代初期、それまで藩の圧力によって押さえつけられていた商人・旦那衆の欲求が開放され、金に糸目をつけない豪華な蔵造りの建物を建てました。   その代表として、甲斐本家の蔵座敷・大善の蔵座敷・若喜商店の縞柿の蔵座敷などがあります。

そういう意味で、会津若松市は武士の創った街、喜多方市は町人の創った街と言えます。

尚、市内では 小田付地区の南町周辺・小荒井地区のふれあい通り周辺や 駅近くの菅原町(塚原地区)に多くの蔵が点在しています。 
 
郊外では、農村蔵の杉山地区・れんが蔵の三津谷地区など多くの蔵があります。
緑町の あべ食堂では蔵の中でラーメン(私の意見としては喜多方で一番美味しいと思う)が食べられます。

それでは、このHPにある「お散歩マップ」を参考に喜多方散策を楽しんでください。 
蔵に描かれた「こて絵」には、ここから行けます
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